二 室町時代、伊勢国の寺院から京都御所へ献上|川俣谷のお茶|108teaworks
二 室町時代、伊勢国の寺院から京都御所(朝廷)にお茶が盛んに献上されていた
〜京都御所「お湯殿の上の日記」の記述〜
「お湯殿の上の日記」に室町時代の文明・文禄年間(1468〜1586)に伊勢国の寺院から盛んにお茶を京都御所(朝廷)に献上していた記述がある。
「お湯殿の上の日記」とは、京都御所の天子(天皇)常住の御殿の中に「御殿の上」と呼ぶ間があり、そこに勤務する女官が、その日の出来事などを記した日記のことで、記述の一部を紹介する。
〇龍光寺(鈴鹿市神戸)
・大永7年(1527)4月13日 いせのれう光寺(龍光寺)より、いつもの御ちゃまいる。
・弘治2年(1556)4月9日 いせのれう光寺(龍光寺)より、としとしの御ちゃ三十たいまいる。
以下、大永7年(1527)〜天正9年(1581)の間に27回、茶献上の記述有り。
〇円(延)応寺(津市河芸町西千里・現廃寺)
・文明18年(1486)10月9日 いせのゑんおう寺より、いつもの御ちや五十、御はらいの箱まいる。
以下、文明18年(1486)〜天正3年(1575)の間に19回、茶献上の記述有り。
〇観音寺(現鈴鹿市寺家・通称「子安観音」)
文明15年(1483)〜天正9年(1581)の間に4回、茶献上の記述有り。
〇新(神)福寺(亀山市関町加太市場)
弘治2年(1556)4月8日 茶二十袋献上の記述有り。
〇六大院(津市大里窪田町)
文明16年(1484)〜天正8年(1580)の間に7回、茶献上の記述有り。
〇無量寿院(津市一身田町専修寺)
天文3年(1536)〜天文9年(1540)の間に6回、茶献上の記述有り。
〇しちれん寺(伊勢神宮の近く、所在不詳)
享禄1年(1529)〜天正15年(1587)の間に8回、茶献上の記述有り。
〇けんおう寺(不詳)
明応7年(1498)6月5日 茶五十袋献上の記述有り。
〇しおん寺(慈恩寺か、不詳)
天正7年(1579)4月15日 茶二十袋(箱入)、天正8年(1580)6月2日 茶二十袋献上の記述有り。
〇せんたう寺(善導寺か、不詳)
文明9年(1481)9月3日 茶五十袋献上の記述あり。
(著者推察)
室町時代、茶の栽培は特権階級の寺領や庄園・荘園などで主に行われ、一般農民が自由に茶栽培を出来る様になったのは、天正16年(1588)の秀吉の刀狩令(兵農分離政策)以降と考えられるが、この時代、既に伊勢国の寺社では、盛んに茶が栽培されていたことになる。川俣谷も古くは大和興福寺や春日社の庄園でもあり、当時、既に銘茶産地が形成されていたと考えると、京都御所(朝廷)献上茶に川俣谷のお茶も使われていたのではないか。
















