2 室町時代、伊勢国は銘茶の産地として知られ、京都御所(朝廷)に盛んにお茶を献上していた
室町時代に書かれた「異制庭訓往来」という書物には、伊勢国のお茶は山城国宇治(京都府宇治市)のお茶と並んで、銘茶(品質がよく有名なお茶のこと)であると書いてあります。
また、京都御所の「お湯殿の上の日記」には、伊勢国のお茶が盛んに朝廷(天皇)に献上されたと記録されています。
「お湯殿の上の日記」とは、京都御所の天皇に仕える女官の部屋を「お湯殿の上の間」と云い、そこに勤務する女官が、その日の出来事を書いた日記のことです。
日記に書かれた一部を紹介します。
- 文明15年(1486) いせのゑんおう寺(津市河芸町 現在廃寺)よりいつもの御ちや五十袋まいる
- 文明15年(1486) いせのしちれん寺(伊勢市の近く)より御ちや二十袋、くす(薬)かいそう(海藻)まいる
- 大永7年(1527)4月13日 いせのれう光寺(鈴鹿市神戸龍光寺)よりいつもの御ちやまいる
- 大永7年(1527)11月3日 いせの六大いん(津市大里窪田町六大院)より御ちや三十袋まいる
- 天文5年(1535) いせのにむりやうしゅう寺(津市一身田無量寿寺・専修寺)御れいとして御ちゃ三十袋しん上
- 弘治2年(1556)4月8日 いせのしんふく寺(亀山市関町加太市場 新〈神〉福寺)より御ちや二十袋まいる
以上は日記の一部を書きましたが、伊勢国の寺院から毎年、お茶を献上していることから、この時代(室町時代)には、既に伊勢国は大きなお茶の産地であったことがうかがえます。
















