1 三重県での茶栽培の始まり
「水沢村郷土史稿」という書物に、古くからの言い伝えとして「延喜年間(901〜922)に飯盛山浄林寺(現四日市市水沢町「一乗寺」)の住職玄庵が先代の住職から空海直伝の製茶法(お茶の作り方)を習い、お寺に植えてあった唐の国から伝わったといわれる茶樹から芽を摘んで製茶して、村人に茶を飲むことを勧めた」と書いてあります。
これからすると三重県には、今から1,100年ほど前には、すでにお茶が伝わっていたようです。
しかし、この頃は、まだ一般にはお茶は栽培されておらず、お寺などで栽培し、薬として飲まれていたようです。
お茶が一般に飲まれるようになったのは、栄西(えいさい)という僧が「喫茶養生記」という本を書いて、お茶を飲むことを勧めた、今から800年ほど前の鎌倉時代前期からといわれています。
さて、三重県でお茶の栽培が始まったのはいつごろかというと、室町時代に書かれた「背書国誌」という書物に、「明恵上人が栄西禅師から茶の種を貰い、これを伊勢川上に植えた」と書かれていますので、三重県では約800年前の鎌倉時代前期に、お茶の栽培が始まったとされています。
これからすると三重県は京都や滋賀、奈良と並んで日本で最も古くから茶が作られていたと云えます。
そこで「背書国誌」に書かれている伊勢川上とはどこか。多くの研究者は、雲出川上流の現在の津市美杉町川上地域から櫛田川上流の松阪市飯高町川俣地域付近ではないかとしていますが、確実なことは解っていません。
しかし、この地域は江戸時代から茶の栽培が盛んで、伊勢国の茶(伊勢茶)の名前で江戸(現在の東京)をはじめ東北や北陸地方まで販売されていたことから、これを根拠としているようです。

















